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魔都上海を巡る その14「上海郊外にあるお手軽観光地──朱家角」

 上海の中心部から西に50キロほど行ったところに、朱家角と呼ばれる水郷がある。中央を流れる川を中心に、家々の間を縫うように水路が張り巡らされた集落だ。

 この朱家角は、三国志の時代(3世紀ごろ)にはすでに集落ができており、その後、市場などができて発展していったという。

 近くには地下鉄駅も鉄道駅もなく、地下鉄とバスを乗り継ぐか、観光客用の直行バスに乗るしかなく、やや不便な場所にある。それでも、ひなびた古い集落の間を水路が巡っている情緒豊かな街並みが人気で、天気のいい週末や観光シーズンには、多くの観光客が押し寄せる。

川を渡る、いわば朱家角のメイン・ブリッジである「放生橋」。放生(ほうじょう)とは仏教の言葉で「生き物を逃して功徳を積む」という意味。かつてここで、お坊さんが売られていた魚を買ってきて川に逃したことが名前の由来となっている。

川を渡る、いわば朱家角のメイン・ブリッジである「放生橋」。放生(ほうじょう)とは仏教の言葉で「生き物を逃して功徳を積む」という意味。かつてここで、お坊さんが売られていた魚を買ってきて川に逃したことが名前の由来となっている。


放生橋からの眺め。橋の高さは7メートルほどあり、川を行き交う船や集落の瓦屋根などが見渡せる。

放生橋からの眺め。橋の高さは7メートルほどあり、川を行き交う船や集落の瓦屋根などが見渡せる。


 両脇に家々が立ち並ぶ狭い路地は土産屋街になっており、観光客が来るのを手ぐすね引いて待っている。

 売っているものといえば、どこも変わり映えがしない。どこの店にも朱角家名物の鶏肉入り粽(ちまき)や豚足の甘煮などが並んでいて、その濃い色合いが、いったいいつ作ったんだか分からない雰囲気を醸し出している。

 土産物にしても、石鹸だの化粧水だの、どうでもいいものばかり。まあ土産物などというのは、世界各国どこに行っても、役に立たないどうでもいいものしかないと相場は決まっているのだが。

土産屋街。これがずっと先まで延々に続く。そこを多くの観光客が練り歩き、もはや古鎮の情緒などどこにもない。

土産屋街。これがずっと先まで延々に続く。そこを多くの観光客が練り歩き、もはや古鎮の情緒などどこにもない。


豚足。骨にかぶりつくようにして食べる。味も悪くないのだが、いったいいつ作ったのかは色からは判断つきにくい。少なくともコラーゲンはたっぷりだ。

豚足。骨にかぶりつくようにして食べる。味も悪くないのだが、いったいいつ作ったのかは色からは判断つきにくい。少なくともコラーゲンはたっぷりだ。


 観光時間としては、2〜3時間も歩けば十分。午前中に行って、ブラブラ歩いて、どこかの食堂で昼食を食べて、それから茶館でお茶を飲んでゆっくりして。午後2時くらいに帰るというパターンが良い。

 あまり遅くなると、その時間に帰る観光客が多いので、帰りのバスで座れないかもしれないし、バスが上海中心部に戻るころには上海名物の渋滞にはまる恐れもある。道が空いていれば1時間ちょっとのところが、渋滞に巻き込まれると2時間以上かかることも。

 ちょっと茶化して否定的なことばかり書いてきたが、友人たちと一緒に1回くらい行ってみるにはけっこう楽しい。って、あまりフォローになっていないかも。いや、本当に、1回くらい行くぶんには悪くない。

 上海旅行に行く機会があったら、ぜひ一度。

この手漕ぎ観光船は6人乗りで、運賃は一人1300円ていどから。

この手漕ぎ観光船は6人乗りで、運賃は一人1300円ていどから。


水路の間にはこのような小さな橋がいくつもかかっている。

水路の間にはこのような小さな橋がいくつもかかっている。


 さて次回は、上海編最終回の前編、租界時代に建てられた建物をご紹介する。

佐久間賢三
About 佐久間賢三 (31 Articles)
週刊誌や月刊誌の仕事をした後、中国で日本語フリーペーパーの編集者に。上海、広州、深圳、成都を転々とし、9年5か月にもおよぶ中国生活を経て帰国。早稲田企画に出戻る。以来、貧乏ヒマなしの自転車操業的ライター生活を送っている。