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移民都市・深圳をゆく その13「毎日イミグレを通って香港の幼稚園・学校に通う中国人児童たち」

深圳と香港の間にあるイミグレでは、平日の朝と夕方の時間帯、ランドセルのようなリュックを背負った幼稚園生や小学生たちが一列に並んで歩いている姿を見かける。この子たちは、深圳から香港の幼稚園や学校に通う越境児童たち。これぞ深圳ならでの光景である。

深圳側のイミグレで並ぶ越境児童たち

香港生まれの中国人児童たち

この越境児童たちは、なかには深圳に住む香港人の子供も混じっているが、ほとんどが深圳に住む中国人の子供である。深圳に住みながら、昼間は香港の幼稚園や学校に通い、下校するとまた深圳に戻ってくるのである。

朝、児童たちは先生に引率されて深圳側からイミグレを抜けて香港側に入り、イミグレに直結した香港側の駅から電車に乗るか、またはイミグレの外で待っている幼稚園・学校のバスに乗って香港の学校に向かう。イミグレの窓口は長蛇の列になることが多いが、朝夕はこういった越境児童専用の窓口が設けられ、児童たちが長時間並ぶことなくスムーズにイミグレを抜けられるように便宜が図られている。

イミグレを抜けると、深圳と香港の間を流れる川にかかった橋を渡って越境する。橋といっても大きな建物で、建物の外に出ることはない。橋の上側が深圳→香港で、下側が香港→深圳となっている

香港人の子供はともかく、なぜ中国人の子供までが香港の学校に通っているのか。それは、この子供たちが香港生まれだからである。

この子たちの母親は、妊娠して臨月を迎えると香港に入り、香港の病院でこの子たちを産んでいる。香港の戸籍は出生地主義なので、香港で生まれれば香港人として認められる。そうすれば、大きくなってからは中国よりも教育環境のいい香港の学校に入ることができ、よりよい将来を得る可能性が高くなるからである。もちろん香港の居住権もあるので、香港に住むこともできる(一般の中国人は通行証があれば香港に行くことはできるが、香港で自由に働いたり住んだりすることはできない)。

このように香港に越境出産に来る中国人妊婦の数があまりにも多くなり、香港人の妊婦が出産する病院を確保できないという状況に陥ってしまったため、2013年からはこのような越境出産の受け入れを香港側は停止している。

双非児童たちの越境通学には大きな問題も

それ以前に香港で生まれた中国人の子供たちのことは、中国語で「双非児童」と呼ばれている。両親ともに香港人ではない、つまり「双非」の児童だからだ。このように深圳に住んで香港の学校に通っている「双非児童」の数は年々増え続け、現在では3万人近くに上っているという。

小さな子供たちが一列に並んでイミグレを歩いている様子は、見ていて微笑ましくもあるが、その一方で大きな問題も起こっている。

香港側の電車のホーム

まず、通学時間が長くなってしまうため、小さな子供たちにとっては大きな負担になること。香港の学校では広東語で授業が行なわれているが、ほとんどの親たちは広東語が話せないため、子供の教育をフォローできないこと。かといって中国の学校に転校させようとしても、子供の戸籍が香港であるため、中国側の公立学校に入ることができず、授業料の高い私立校やインターナショナルスクールに入れるしかないことなどが挙げられる。

電車の座席はステンレスとプラスチック製で、座り心地はあまりよくない

また最近では、こういった越境児童のイミグレでの税関チェックがないことを悪用し、中国側の密輸団が越境児童を運び屋にしてiPhoneを中国側に密輸させていたことが発覚し、大きな問題になっている。

越境出産が認められていた2012年に香港で生まれた子供も今は5歳。幼稚園に通い始める年齢であり、まだしばらくはこういった越境児童の数は減るどころか増える一方である。

About 佐久間賢三 (40 Articles)
週刊誌や月刊誌の仕事をした後、中国で日本語フリーペーパーの編集者に。上海、広州、深圳、成都を転々とし、9年5か月にもおよぶ中国生活を経て帰国。早稲田企画に出戻る。以来、貧乏ヒマなしの自転車操業的ライター生活を送っている。