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人と人の関係を断ち切る残酷な「神」の正体 ─カルト宗教の真実を描いた「解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記」

 オウム真理教や統一教会の例をあげるまでもなく、カルト宗教は人間の思考回路を根底から左右し、時に人生を破壊する恐ろしさを秘めている。

 先日刊行された『解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記』(坂根真実・角川書店)は、そんなカルト宗教の真実について赤裸々に描かれたノンフィクションだ。

 まず、この本は、エホバの証人というカルト宗教の2世信者として、幼少時から洗脳されてきた著者が、いかにして苦しい人生を歩み、宗教から抜け出したかという人生の軌跡を、実名・顔出しで綴った本として貴重な意味を持っている。この本を読むと、カルト宗教がどうして恐ろしいのか、その理由が圧倒的なリアリティを持って伝わってくる。

〈子供時代を振り返ってみると、私の中には、「洗脳されている自分」と「洗脳されていない自分」が存在した。「洗脳されている自分」は、エホバという神を恐れ、ハルマゲドンに恐怖を感じていた。対照的に、「洗脳されていない自分」は、周囲とは異なる「自分の意見」を持ち合わせていた。私は、「自分の意見」を誰にも伝えることなく、ひたすら自分の引き出しにしまっていった〉

 しかし、エホバの証人の信者の家庭に生まれた著者に、信者として生きる以外の選択肢はなかった。そして、カルト宗教の信者として育った者がなぜその宗教から抜け出すことが極めて困難なのか。それは、宗教を脱出するということは、それまで自分が信じてきた神の存在だけでなく、共に生きてきたコミュニティや家族、友人をも捨てるということを意味しているからだ。

 特に、エホバの証人には「排斥」という掟があり、その処分を受けた者とは、たとえ家族であっても接することを禁じられる。家族との絆を失うことの恐ろしさ故に、教団に留まり続ける人が数多く存在するのだ。

 また、エホバの証人は、性に厳格な決まりを持っており、結婚前のセックスや離婚は基本的に許されない。そんななかで、著者は結婚した相手のDVにより、2度の離婚を経験する。だが、たとえ夫のDVを理由とした離婚すら教団では許されておらず、著者はやがて「排斥」の処分を受けることになる。だがその結婚の失敗の原因も、男女交際は結婚を前提としたものしか許されず、結婚前の性交渉も認められていないという教団の歪んだ掟に原因があったのだ。

〈そもそも、エホバの証人の1世は、夫婦間の深刻な問題を抱えていたり、心が病んでいる状態で入信した人が多い。必然的に2世信者は機能不全家庭の中で育ち、定職に就かず、性格や人格も歪んでいる人が多くなる。エホバの証人の女性信者たちは、そうした状況の中で結婚相手を探さなくてはならない。結婚したとしても、不幸な結婚生活が待っているのは当然の帰結なのである。〉

「排斥」という処分を受けてもなお、著者はそれまで信じてきたものと、コミュニティを失う恐れからなかなか信仰を捨て去ることができなかった。だが、自分の信じてきた「エホバ」が人を幸福にするどころか、非人間的な方法で人と人の絆を断ち切る「残酷なエネルギー」であったことに気付いたとき、著者の洗脳はついに解ける。

 歪んだ環境の中でも真摯に自己を見つめ続けた著者の理知的な姿勢と相まって、迫力に満ちた筆致が印象深い一冊だ。

里中高志
About 里中高志 (9 Articles)
1977年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大正大学大学院宗教学専攻修了。精神保健福祉士。フリージャーナリスト・精神保健福祉ジャーナリストとして、「サイゾー」「新潮45」などで執筆。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。