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宗教と医療の対立と調和

 現代社会において、宗教と医療というふたつの要素が、相容れないものとして切り離されるようになって久しい。精神医学が近代的なものとして成立する過程で、患者の宗教的な言動は「祈禱性精神病」や「宗教妄想」といった病名で病理と位置づけられてきた経緯がある。また、医療現場では宗教的なものを持ち込むことは好ましくないとされていることが多い。実際、宗教は医療の現場にはあえて入ろうとせず、葬儀の際にはじめて姿を現すことがほとんどである。さる2014年11月8日、東京・池袋のホテルメトロポリタンで、“日本「祈りと救いとこころ」学会創立記念大会”が行われた。

宗教と精神医療の融合は可能なのか?

“日本「祈りと救いとこころ」学会”は、現代社会における精神の病や孤立、安らぎのなさといった問題に、医学、看護学、心理学、福祉学などに加え、芸術や、特定の宗教によらない宗教的視点を取り入れていくことを目的に創立された。これまでの精神医学のアプローチに加え、「祈りと救い」という視点が必要なのではないかという認識が生まれたのは画期的だ。

 創立記念大会は本学会理事長の榎本稔氏(榎本クリニック理事長)による基調講演「精神医療の先…祈りと救いのこころへ」、本学会顧問を勤める日本の代表的宗教学者・島薗進氏(東京大学名誉教授)による講演「死と悲しみと希望−日本の宗教文化に即して」ではじまった。そのあとシンポジウムⅠとして、帝京大学の張賢徳氏を座長に「無望の時代を生きる」をテーマに社会学者の古市憲寿、心身めざめ内観センターの千石真理、神奈川県精神医療センターせりがや病院の小林桜児の4氏が登壇してのパネルディスカッション。シンポジウムⅡとして、張賢徳氏と東京福祉大学の志茂田誠の両氏を座長に「現代社会の「祈り・救い・こころ」を考える〜宗教は答えを出せるのか?」とのテーマで自治医科大学の加藤敏、上智大学の西山悦子、曹洞宗総合研究センターの宇野全智の5氏でディスカッションが行われた。特にシンポジウムⅡでは、現代医療では十分に克服できない親しい人間の死による喪失感や死への恐怖、そして現代社会における人間同士のつながりの希薄化といった問題を、宗教の力で補い、克服することができるのか、という可能性が真摯に話し合われた。

「宗教と医療」というテーマについて、筆者は先日発売されたばかりの「別冊サイゾー」において、「医療において宗教はタブーなのか? 両者の交錯が近代を超克する可能性」という題で一章書いているので、もし関心のある読者がいたらそちらも読んでほしい。かいつまんで述べれば、医療と宗教が相補うことの必要性と可能性について、今回の学会創立記念大会にも登場した島薗進、加藤敏両氏のコメントや、実際に宗教を取り入れている医療現場の例に基づいて考えたものだ。

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 今回、「宗教と医療」の関係について、考えさせられるシーンがあった。曹洞宗総合研究センターの僧侶、宇野全智氏が、シンポジウムでの話で「子どもをなくした親が、私が毎年お経をあげにいくたびに、5年たっても泣いている」という話をした。その話について、一般参加者からの質問を受け付ける時間で、医療現場で働いているという女性が「なぜ5年も泣き続けているのに、精神科の医者につなげないのですか」と強い調子で質問したのだ。

お坊さんは精神科医に信徒を紹介すべきか?

 これに対し、私は「死者を悼んで泣いている人に対し、宗教者が精神科医を紹介したのでは、宗教者としての役割放棄ではないのか」という感想を持った。だが、宗教者と精神科医はもっと垣根を取り払って連携すべきだとも思うのは、だいぶ前にたまたまテレビで見たこんな話が思い出されたからだ。

 ある女性の息子が統合失調症にかかって苦しんでいた。悩んだ母親は、懇意のお坊さんに相談した。「お遍路にでも行ったら治るのでは」とお坊さんから言われたので行かせたところ、よけいに悪化して入院した、という話である。

 このお坊さんは、宗教者としての立場から自然にお遍路を勧めたのかもしれない。しかし、ストレスや緊張に敏感になっている統合失調症患者に、慣れない土地で負荷をかけるお遍路などさせたら、よくなるどころか悪化するのは、精神医学を知っている人ならわかりきった話だ。お坊さんに精神医療に対する理解があったら、慣れない土地で病状を悪化させるようなことはなかっただろう。

 宗教者はもっと精神医療に対する理解が必要だし、また、精神科医の側も、患者が宗教的なことを言ってもすべてを「妄想」と決めつけるのではなく、宗教的な文脈から共感する能力も、もっと持つべきだと考える。宗教と精神医療とは、これまでなかなか相容れなかったけれど、実は近接する場面の多いものなのだ。宗教と精神医療が互いに対話し合う機会が、これからももっと増えていくべきだろう。

About 里中高志 (9 Articles)
1977年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大正大学大学院宗教学専攻修了。精神保健福祉士。フリージャーナリスト・精神保健福祉ジャーナリストとして、「サイゾー」「新潮45」などで執筆。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。