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自転車編 第6回「夜道はできればやめなさい」

 運動不足解消のために自転車通勤する。そんな目標をたて、ママチャリで走りはじめてから4ヵ月め、シクロクロス用のバイクを知人から譲り受けた。片道およそ40kmのトレーニング通勤をはじめてみたのは良かったが……。一般道路では歩行者や自動車との共存がむずかしい。ことに駅や商店街の道は車と人と自転車が入り混じり神経をつかう。車は渋滞にいらつき、歩行者は縦横無尽に信号無視で横断してくる。歩道に自転車通行可の標識があるけれど、やっぱり走りづらくて車道に出るしかなかった。車道に出たら出たで、あいかわらず自転車の逆走もあとをたたない。

 交通量の多い大通りを避けて入った旧中山道板橋宿のあたりは大きな商店街だ。夕方は自動車進入禁止になり、おもに買い物の歩行者ばかりになる。自転車に乗ったまま通行するのはマナー違反だ。自転車を押しながら人ごみを歩く。夕食の材料やお惣菜を売る店がにぎやかで、つい美味しそうな食べものを探している。結局、運動を心がけても、やればやるだけ食欲が刺激されるのもまた事実。じつに悩ましいかぎりである。

 会社に到着した。走行距離45km。所要時間2時間30分かかった。初走行にしてはまずまず。

夜の自転車道は思った以上にストレスが多かった

 仕事は深夜に終わった。それは予定通り。終電を気にする必要がないことも自転車のいいところだ。夜中に走ってみると、日中はあんなに走りにくかった街なかの道路が、歩行者がほとんどいなくなり明るくて走りやすくて気分は上々。防寒対策で厚着しているので冷たい風が気持ちいいくらいだ。

 ところが、気分が一変したのは荒川の自転車道を走りはじめてからだった。堤防には街灯がないので真っ暗闇だ。昼間とちがって人影もない。もともと人ごみはきらいだし、山道なら一人で歩くことを怖いとは思わない。ところが堤防の舗装された自転車道という人工物に、人の気配さえないということが逆に気持ち悪い。日が暮れて真っ暗になった登山道を歩いていて、いきなり無人の山小屋が現れたときに人がいそうでいない不気味さ。それと似たような気味悪さが気持ちを暗くする。おまけに冷たい風が吹き抜ける。

 風は強くはないのに体が冷えていく。真冬だからしようがないが筋肉も冷えるから、あまりムキになってこぐと足の筋肉がピクピクとけいれんしてきて、つりそうになった。まだ残り30kmを走り切らなければ帰り着けない。暗闇の堤防というのは道沿いに建物がないせいか距離感がつかみづらい。「河口から○○km」という距離標識が時おり闇の中から現れるが、かえって距離を稼げていないと感じさせられる。

 やっと半分まで来た。荒川を右岸から左岸にわたる橋の上で保温水筒の冷めかけたお茶を口にする。たいして体が暖まらないうちに水筒は空になった。いちばん風を受ける靴のつま先が、こごえて痛いくらいだ。いくらトレーニングといってもこんなに不安で苦しいとストレスがかかり過ぎで心が折れそうになる。

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 左岸の河川敷、ゴルフ場沿いの自転車道を走りはじめたら、いやな振動がサドルから座骨に伝わってきた。パンクだ。河川敷のどまんなか、真っ暗闇のアクシデントだ。これは何のトレーニング? なにもこんなところでパンクしなくてもいいのに。スポーツバイクのチューブ交換は初めてだ。しかし心配ご無用、中学生のころから普通の自転車のパンク修理は自分でやっていたので、スポーツバイクのようにワンタッチで車輪ごとフレームからはずしてしまえるならパンク修理など楽なものだ。真っ暗闇でヘッドランプだけをたよりに作業しなければならない不便さを除けば……。

 交換したチューブや工具を片付けてふたたび走り出す。しばらく走ったら、またタイヤの空気圧が甘くなってきた。パンクではなくバルブの問題かと思いなおし、バルブまわりに唾をなすりつけて空気洩れを確認。やはりブクブクと小さな泡がバルブのねじ込みのすき間から吹き出している。ふたたび工具を取り出して口金にねじ込まれている小さなバルブの部品をプライヤーで挟んで増し締めしてみた。ママチャリとちがって、スポーツバイクのバルブはフランス式という種類だ。パンク修理は得意だったが、フランス式バルブの扱い方はよく知らなかったところが盲点。空気はもう漏れなかった。あとは暗闇から逃げるように息が切れるほどペダルをこいで自宅まで一気に走って帰り着いた。

 今日の往復で気づいたもうひとつの失敗。川沿いのコースは距離が長くなる。川は大きく蛇行しているから直線距離とはほど遠いのだ。帰宅時の走行距離は47.8km。時間はパンク修理や休憩もあったので3時間20分もかかってしまった。いくらトレーニングでも通勤手段と考えるとやりすぎだ。

 のちに気づいた最大の盲点。あまりにハードすぎて腹が減り、帰宅してから食べてしまうことになる。それって、ダイエットではもっともやってはいけない「寝る前に食べる」ってことじゃないのか? ハードなトレーニングをすることで「こんなに運動したんだから」とさらにメタボに向かうペダルを踏んでいたとは、このときはまだ知らない。

(つづく)

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樋口琢生
About 樋口琢生 (29 Articles)
東京生まれ。1989年より早稲田編集企画室ルポ班に在籍。週刊誌記者、ガイドブック編集、単行本制作などに携わる。登山、キャンプ、カヌー、自転車などアウトドア全般が趣味。