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精神障害者が働き続けるコツとは  働く当事者、Aさんのインタビュー

「精神障害者が働く」。以前は難しかったそのことが、当たり前のこととなる時代が来ようとしている。2018年4月より、企業が雇用すべき障害者の範囲に正式に精神障害者も含まれることが決定されているのだ。「精神障害者の雇用義務化」である。(拙著『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)まえがきより。)

 現在、障害者雇用促進法で、50人以上の企業は2%の障害者を雇用しなければならなくなっている。この流れを受けて、従来から多く雇用されていた身体障害者、知的障害者に加え、精神障害者の雇用も徐々に進んできている。だがその一方で、精神障害者は高い能力を持つ人が多くいるものの、体調の波も起こりがちで、せっかく雇用されても1年以内に離職してしまう人も多い、という調査結果もある。精神障害者が長く働き続ける鍵はどこにあるのだろうか。今回、そのことを考えるために、精神障害者保健福祉手帳を持ち、障害者雇用で働きながら、安定して勤務を続けているひとりの当事者。Aさんに話を聞いた。

 笑顔が魅力的なAさんが統合失調症を発症したのは25歳のころ。1日に12〜14時間は仕事をし、月に何回かは徹夜で仕事をする忙しい日々を送っていた。ある頃から、周りが自分のことを話したり考えたりしているのではないか。自分の考えが周囲に読まれているのではないか、という思いが頭から離れなくなる。(余談だが、こういう感覚のことを『サトラレ』みたい、と表現する統合失調症経験者は多い。『サトラレ』とは、しばらく前に流行った、考えていることが周囲に伝わってしまう天才たちが登場するマンガだが、奇しくも統合失調症経験者には絵空事とは思えないリアリティがあるらしい)。

 やがて仕事を続けられなくなり、退職してしまうが、何を見ても自分のことを言われているのではないか、という恐怖から、家からも出られなくなってしまう。新聞を読んでも、載っている記事が自分と関係があることのように思えてくる。

 家族に説得される形で、精神科病院の閉鎖病棟に入院。そこでの生活は、つらい合宿のようだったという。Aさんが話す。

「何をするのもつらい。じっとしているのもつらい。他の患者さんに誘われてトランプなどのゲームをするのですが、それも1ゲーム終わるまで続けられないくらい、しんどかったです」

 1ヶ月ほど入院したのち、退院。しばらくは家で休んでいたが、やがて入院したのとは別のクリニックのデイケアに通うようになる。デイケアとは、入院していない患者が、病院に通院して日中を過ごすプログラムのことだ。

「そのころはとにかく生きているのがつらかったです。こんな状況で生きているのなら死にたい、と思い詰めていました。病気の症状なのか、薬の影響なのか、身体の感覚が重くなって、ストローを袋から出すのにも苦労する。思考もまとまらなくて、ものをまともに考えられないんです。もちろん仕事なんてできるような状態じゃなくて、自分の人生はこの先どうなるんだろう、と思っていました」

「障害者枠」での再スタート

 2年ほどデイケアに通った後、Aさんは精神障害を持った人が仕事につくための、就労移行施設に通うことにした。そこでは、同じように精神の疾患を経験しながら、また働きたいと思う人たちが集まっていた。そこで履歴書の書き方やパソコンのスキルを習いながら、働ける状態に向けて体調を整えていくことになる。

「できるかどうか分からないけど、生きているうちは働かないと、と思って、自分の持っていた能力を回復させたい、と思っていました」

 そうするうちに、思考力や体調は少しずつ回復していった。就労移行施設に通って、4ヶ月目にハローワークの障害者窓口で、ある仕事を紹介される。前職での経験も活かせる仕事だった。

 面接を受けて採用されたが、最初は何をするのも不安だった。働くのは久しぶりで、メールや電話の対応も、どうすればいいか何回も上司に確認した。疲れやすいため、ほかの社員のようにバリバリとは働けない。それでも、障害者枠での雇用ということで、ある程度上司が配慮してくれるから続けられたという。

「会社の人全員が私の障害のことを知っているかは分からないのですが、上司が把握してくれているだけで、大分助かっていると思います。気を使ってくれるのを感じるし、障害者枠のなかだからこそ採用してくれたんだと思うんで、有り難いと思っています」

 フルタイムの勤務にはまだ身体が耐えきれなかったので、上司に相談したところ、週4日か週3日の勤務にしようかと言ってくれた。だが、1日休むとかえって生活のペースが崩れてしまうと思ったAさんは、上司と相談した結果、いまは一週間のうちの2日は、午後2時で仕事を終える早上がりとさせてもらって、ペースを保つことができている。

働き続けられる理由とは

 職場でも信頼を得て、最近はプライベートでいろいろな集まりにも参加しているAさん。体調も回復し、思考も動きも不自由だった頃とは雲泥の差だという。そんな彼の悩みは、実家を出て一人暮らしをしたいが、今の給料では自立するのは難しいことだ。以前に障害年金を申請したものの、該当せずと判断されて認めてもらえなかったことがあることから、今の給料プラス障害年金があれば、自立できるのに…と思うこともある。だが、病状を配慮してもらえる今の職場だから仕事を続けられていることを考えると、より給料がいい仕事に転職するのはためらわざるをえない。

 それでも仕事を続けられているのは幸運なことだろう。就労支援施設でできた彼の友達には、働き始めたものの続けられずに辞めてしまう人が非常に多いという。

 もちろん前向きで誠実な仕事ぶりも長続きできている理由なのだろうが、それに加えて、彼の職場は、配慮をしながらも、腫れ物のように扱うのではなく、同等の仲間として彼に仕事を任せる、やりがいのある仕事環境のように思える。プライバシーの関係でこの原稿でその仕事内容を詳しく書くことはできないのだが、聞かせていただいた限り、専門的な仕事を信頼して任せられていることが伺えた。

 障害者雇用がもっと広がり、長続きするようになるのはどうしたらいいのだろうか。企業側は、障害者に対して、「障害者だから…」といつまでも重要な仕事を任せなかったり、通り一遍のことをさせるのではなくて、仲間として扱う。そして、障害者の側も、「障害があるから、病気があるからきちんと仕事ができなくてもしょうがない」と考えるのではなく、ひとりの職業人として会社に貢献する。そういった双方の歩み寄りが、これからの障害者雇用をもっと広げていくだろう。Aさんの朗らかな表情を見て、そのようなことを考えた。

里中高志
About 里中高志 (9 Articles)
1977年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大正大学大学院宗教学専攻修了。精神保健福祉士。フリージャーナリスト・精神保健福祉ジャーナリストとして、「サイゾー」「新潮45」などで執筆。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。