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精神障害の当事者による、当事者のための情報発信の場「やどかり情報館」

埼玉県さいたま市にあるやどかり情報館の建物

ごく当たり前の生活を求めて──。

 それが、1970(昭和45)年に活動が始まった精神障害者のための公益社団法人「やどかりの里」の、最も基本的な活動理念だ。

 精神障害者が病院に収容され、一度入院すると一生を病棟の中で暮らすことが普通だった時代において、埼玉県の「やどかりの里」は彼らが地域で暮らすことの必然性を訴え続け、実際に行動に移してきた。まさに精神障害者の地域生活支援の草分け的存在である。

 それから45年という長い年月を経たいま、やどかりの里は生活支援センター、グループホーム、農業や弁当作りや喫茶店、リサイクルショップなど、20以上のさまざまな組織・事業所の複合体となっている。そして、やどかりの里は当事者にとっての生活の場であるとともに、情報発信の場でもある。それを担っているのが、今回紹介する「やどかり情報館」だ。

 JR大宮駅からバスに乗り、民家の続くのどかな道をさらに歩く。畑を前にしたこぎれいな2階建ての建物が「やどかり情報館」だ。

「やどかり情報館」のなかには、「やどかり出版」「やどかり印刷」「やどかり研究所」などが併設されている。

「やどかり出版」は、障害者からのメッセージをまとめた「やどかりブックレット」のシリーズをはじめ、精神障害者自身の書籍を多数発行してきた。全国の大手書店やアマゾンなどでも購入できるこれらの書籍は、やどかり情報館で編集から印刷・製本・発送までを一貫して行なっている。

 そして、情報館で働く人の7割は、実際に精神障害とともに生きる当事者。まさに、ここでは当事者の、当事者による、当事者のための出版活動が行なわれているといっていい。今回、やどかり情報館の月1回の企画会議を見学させていただくとともに、やどかり出版の責任者である増田一世さんと、当事者でありやどかり出版のスタッフでもある渡修(わたりしゅう)さんと渡邉昌浩さんに話を聞くことができた。

1人1人が主人公

やどかり出版では自前の印刷機を持ち、印刷・製本まで一括して行なう。

やどかり出版では自前の印刷機を持ち、印刷・製本まで一括して行なう。

 増田さんはこう話す。「やどかりの里が出版事業を始めたのは1974〜75年ごろ。当時やどかりの里の運営が厳しくなり、創設5年目を前にして活動の歩みを残しておこうと、『「精神障害者」の社会復帰への実践』という本を出したのが始まりです。その後やどかり出版という事業が始まり、その前から印刷の自立事業を始めようとという構想があったのと合わせて、出版・印刷を一貫して行なうようになりました。その頃はまだ精神障害者が実際に出版事業で働くようにはなっていなかったのですが、1997年に改めて新しい事業所としてやどかり情報館を立ち上げて、やどかり出版を精神障害者が働く場としても位置づけるようになりました」

 このインタビューに先立って見学させてもらった企画会議では、12名のメンバーが参加して新しい企画の相談や持ち込み原稿に関する検討、企画会議のスタッフたちの見聞を広めるための施設外活動の検討などが行なわれ、率直な意見交換が行なわれていた。当事者のための活動と言いながら、実際の情報発信において当事者が蚊帳の外に置かれているケースも珍しくないなか、こうして当事者が情報発信の中心に携わっている「やどかり情報館」のあり方は、もっと参考にされていくべきだろう。増田さんは言う。

「『ごく当たり前の生活を』というのがやどかりの里の理念。精神科病院での暮らしは人間らしい暮らしではなく、地域のなかで普通に暮らすのが当たり前だよね、ということで活動を続けてきました。いまは『1人1人が主人公』をテーマに、地域のなかで生きられるとともに、地域の人にもやどかりの里があってよかったねと言われる活動を目指しています。こんなに多く精神障害のある人が働いている出版社は日本でもうちだけだと思うので、皆さんの持っている力を発揮して、情報発信や問題提起をしていきたいです」

やどかり出版の増田一世さんと、スタッフの花野和彦さん。

やどかり出版の増田一世さんと、スタッフの花野和彦さん。

メッセージを発信できる場所

 やどかり情報館で働く当事者の渡邉昌浩さんはこんな話をしてくれた。

「最初にやどかり情報館に来たときに、まず皆が病気のことを包み隠さず、本音で話し合っていたことに驚きました。それまで精神障害者のための埼玉県精神保健福祉センターのデイケアにいたこともありましたが、そこでも自分自身をさらけだすような病気の話はしてはいけない雰囲気がありましたから。だから病気のことを活発に話せる場があるんだというのはすごく安心感がありました。そして『やどかり情報館』では病気のことを心配しないで働くことができる。それにお金のためだけじゃなくて、本を通じてメッセージを発信できるということにやりがいがあります。これまで病気になって傷ついていた自尊心が、やどかりの里の活動を通して回復していった面があるので、ここに来てよかったです」

 同じくやどかり情報館で働く当事者の渡修さんはこう話す。

「やどかりの里に来て一番よかったのは、人間関係がぎすぎすしていなくて、自分そのものを受け入れてもらっている安心感があることです。一般社会はどうしても利益が第一で、その人よりも利益が大事なところがありますけど、ここでは利益を出すのはもちろんですが、それだけではなくてその人なりの働き方を認めてくれるというのはとても働きやすいです」

 渡さんは自身の経験をもとに精神障害者の恋愛・結婚に関する本を企画し、それはやどかりブックレット「あきらめない恋愛と結婚 精神障害者の体験から」として2014年に刊行されている。いまはその続編を出してみたいと言う。

 渡邉さんも、「精神障害のことは一般の方にとってはまだ偏見が多いと思うのですが、やどかり出版を通して少しでも多くの人に理解してもらうような本を出したいと思っています」と話す。多くの精神障害者の生き方や働き方が登場している「やどかりブックレット」は、企画・編集から、インタビュー、執筆にいたるまで当事者が中心となって行なっており、そこでは当事者が語り手でもあり書き手でもある。精神障害者ひとりひとりが発言し、情報を発信できるように、やどかり情報館には今後もますます活動を広げていってほしいものだ。

About 里中高志 (9 Articles)
1977年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。大正大学大学院宗教学専攻修了。精神保健福祉士。フリージャーナリスト・精神保健福祉ジャーナリストとして、「サイゾー」「新潮45」などで執筆。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)がある。