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vol.23「終戦70周年でも《天皇家》の疑問」

終戦70年と、安保法制で今年の夏は熱い。NHKでも発掘画像として、広島長崎の原爆直後の悲惨な画像を流した。原爆被災者が重い口を開くようになった。そんなことに日本は70年も費やした。というのも、私たちはわずか70年前の歴史を知らなさ過ぎる。
8月15日の終戦記念日、日本武道館の追悼式は国家的行事とされている。ところがその少し前、広島(8月6日)、長崎(8月9日)平和式典には、今でも天皇家は誰も参列しないのだ。世界中100カ国の代表が参列しているにも関わらず。
広島長崎では、今年も世界を代表して「核兵器」の廃絶を宣誓した。堂々としているのは被災国であるニッポンだからと、熱いメッセージが飛び交った。それは原爆投下したアメリカの無謀な戦争犯罪行為を「免責」してなお、もっと大きな全人類的な世界平和を望むという、許容範囲がケタ違いだと。この壮大な式典の何が気まずいのか。
40年前の夏、沖縄の本土復帰(’72年)後に間もなく皇太子夫妻(今の天皇)は沖縄を慰問(’75年)した。ところが過激派に火炎瓶を投げつけられた。同じ年、昭和天皇は「原爆投下はやむを得ないことと思っている」という談話を発表した……、今でもこんな昔の話を持ち出す人がほとんどなのである。
70年前、日本の大日本帝国憲法は、天皇陛下に主権があって、国民は雑草だった。第2次大戦で日本人300万人が戦死戦災死亡したが、それも合法とされたのは、これが理屈である。徴兵された息子に「死なないで帰ってきてね」と母親が泣いてすがると、憲兵は「お国(天皇陛下)のために、潔く死んできなさいとどうして言えないか」と蹴飛ばした時代なのだ。国家的イジメである。その戦災死亡の象徴が広島長崎沖縄である。真珠湾の奇襲攻撃という戦争犯罪(開戦の宣言なし)のしっぺ返しが、原爆投下という戦争犯罪(核兵器の使用禁止)の返り討に。
しかしそんな話はもう古くないか。広島長崎の見据える先はもっと壮大な地球平和であって、それは米中露でさえも、逆えないところまできている。遅れているのは宮内庁(政府)とか天皇家そのものではないのか。
広島長崎の夢を、戦後の象徴天皇は力添えしなくてはならない。それができてこそ本当の意味の、戦後処理が完結する。さらに大戦の過ちが浄化され、次世代につながっていくと思うが。(sp)

週刊誌グループ
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