新着記事

─臓器移植ガイド─ [4] 2. 脳死臓器移植がやってきた②

 〜前回までのあらすじ〜
 麻生芳人70歳、10年前まで救急医療センターの長だった。麻生が45歳で南東北救急医療センターの前身だった公立病院の副院長になった冬、仙台の学会に行くという旧友の中田秀雄が麻生の家に泊まることになった。実家が東京の胃腸科病院だった中田は、麻生に医学部進学を薦め、麻生の人生を決定づけた親友だった。中田も関西の旧帝大医学部から循環器の医局に入ってアメリカ留学。帰国後ずっと陽の当たる場所を歩んできたが、教授に疎まれ自ら大学を飛び出した。それ以後、民間病院で臨床に当たっているが、専門家の間で知名度は高かった。そんな中田が、まだ中学生だった麻生の息子・健一に話し始めた内容とは……。

2. 脳死臓器移植がやってきた

 中田はなお淡々と続けた。
「そういう医者の間違いを防ぐのは内部告発しかないと思うの。だけどそれができない日本なんだからね。本当は、まずそこを変えることが必要だというのが僕の考え。間違いをだれでも指摘できて、その人が守られる体制をつくって医者の世界を変えることが先。

 そっちの話は全くなくて、単に政治家の中に脳死移植法の賛成派を増やして、多数勢力で法律を作って押し切ろうとしているんだよね。変化が必要な部分を何も変えず、大事なことを法律で決めてしまう。

 そして法律で決められるとどんどん無制限に枠が展げられて、医者は誰でも移植をやるようになってしまうんだ」

「あたしはまだ脳死を死と認めるって実感できないんですが、そんな人が多いんじゃないかしら。新聞なんかでは、日本人には独特の死生観があるって書いていますし、私もそうなんじゃないかと思うんです。医者が移植をやろうと思っても、ドナーがそれほど出ないんじゃないかしら」
 さえ子は中田の話に戸惑っていた。

 とんでもないというように中田は顔の前で手を振った。
「さえ子さん、ひとつ賭けましょうか。僕は脳死を死と法律で決めたら、日本人はガラッと変わると思いますよ。日本人には伝統的な死に対する考えがあるみたいなことマスコミは言いますが、僕それはマユツバだと思ってるんです。

 いまの日本人は欧米に比べてそれほど深く死というものを考えているとは思いにくい。深い洞察や哲学があって心臓死でなければいけないと考えているんじゃないと思います。

 日本人というのは、つまらないことでも何か一つのことを長くやっていると、そのものの本質を考えずにそれが正しいかのごとく引き継いでいくんだと思いますね。

 反面、何かの力でそれをパッと変えられると、案外簡単に従うし、サーッと心も変わっちゃうのが日本人の一面でしょ。戦後の民主主義もそうだし、いまの社会党なんか何がなんだか彼ら自身分からなくなっちゃいました。

 いままで心臓が止まらなければ死ではないという思いの綿々たる歴史があるから、いまはみんな戸惑っているに過ぎない。でも、『脳死が死』とお上が決めれば、日本人の死に対する感じ方は簡単に変わると思います」

 麻生も最近仕入れた話を口にした。
「アメリカではあれほどドナーが出て、日本で出ないのは医療制度の違いが大きいからじゃないかって若い脳外科医が言っていた。

 日本では国民皆保険だから、外傷にせよ脳梗塞にせよ、どんなにお金がかかろうとかなりのところまで脳外科は治療努力を尽くすけれど、アメリカでは金のない人の治療は日本よりずっと手前で止めてしまう……。だからドナーはいくらでも出るんじゃないかと言うんだ。

 脳死の人のケアが国民の医療費を圧迫している面もあるわけだから、日本も脳死移植を倫理にかなうものと決めたら、治療を早く切り上げたほうがいいってことになってドナーがたくさん出るかもしれない。

 でも脳死移植もお金がかかるんだ。年配の肝臓専門医が、『おれは移植はやらない。なぜなら一人に移植をする金と時間で、何10人ものほかの患者を救うことができるんだから』と言っているくらいだ。今のアメリカみたいにルーティンにできるようになっても最低数1000万円かかるって言われている。どっちにせよ医療費との兼ね合いっていうのは深刻な問題になるよね。

 もうひとつ、救急医学の分野で、ダメージを受けた脳を一定温度以下に抑えると、脳死に近い人がダメージを残さずに蘇生する例も報告され始めた。これはコロンブスの卵で、それ以外にも脳のダメージを回復する方法がいろいろと研究されだした。ひょっとすると助かる率が増えて、その分、脳死になる人が減ることも考えられる。

 それに、肝臓は無理としても、心臓では人工心臓への期待が大きくなっていて、これから移植そのものの評価がどう変わるかわからない感じだな」

「健ちゃん、わかるかい」
「ええ」
「そう。移植は最善の方法ではなくなるかもしれない。でも、これから心臓、肝臓の脳死移植が始まるのは間違いないことで、僕はドナーはたくさん出ると思うし、移植手術に歯止めが利かなくなることが問題だと思う。

 残念だけど医者にも愚かな人が多いし、異常な人も多いんだね。その人たちがなにをするか、とても恐ろしいんだ」

 しかし、臓器移植法改正が議論されるようになっても、相変わらず日本ではドナーはほとんど出ていなかった。麻生は中田の予想はその点では外れた気がしていた。

「しかし、愚かな医者は確かにいた」
 口の中でつぶやき頭を振った。じっと見続けていた花が揺れ、めまいかと思ったが風が出てきたのだった。

 以前、何事にも冷静で、人といさかいを起こすことなど想像もできなかった中田が大学を飛び出したことが麻生には腑に落ちず、わけを聴いたことがあった。

「世の中にはいるんだよ、どうにも折り合えない人間が。しかも、一度人を憎み始めると普通の人間と違う邪悪な発想で真剣にその人間の抹殺を図る……。絶大な権力を持つ異常者だったなあ。それが俺の生殺与奪の権利を持っているんだから、怖くてたまらない。しかも、その異常者は金をもち、とんでもない連中とのつきあいまであった。

 百歩譲って、危害を加えられることが俺の妄想だったとしても、絶対に実力が認められず、やりたいこともできないことがはっきりしてるんだもの、逃げ出したほうがいいって思ったんだ」

 経済的に恵まれていたから中田は大学を飛び出せた。麻生は単純にそう思っていた。

(「2. 脳死臓器移植がやってきた」おわり。「3. 恩師と生涯の友を得た大学」へつづく)

久保島武志のほん
『「なにさま」か! 貴様ら 
──異常者の国ニッポン』 大好評発売中! あわせてお読みください
ご購入はこちらから

久保島武志
About 久保島武志 (65 Articles)
1967年出版社勤務。自動車レース専門誌「オートテクニック」でレースを支える人々や若手ドライバーのインタビューを手がけ、風戸裕のレーシングダイアリーを編集。1974年、レース中の事故による裕の死を契機にフリーとなり、早稲田編集企画室に所属。「週刊宝石」「週刊現代」等で様々なリポートに携わる。