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─臓器移植ガイド─ [11] 4. トルサード・ポアン④

 〜これまでのあらすじ〜
 麻生芳人70歳、10年前まで救急医療センターの長だった。麻生が45歳で南東北救急医療センターの前身だった公立病院の副院長になった冬、仙台の学会に出席するという旧友の中田秀雄が麻生の家に泊まることになった。中田は、麻生に医学部進学を薦め、麻生の人生を決定づけた親友だった。実家が東京の胃腸科病院だった中田もアメリカ留学後ずっと陽の当たる場所を歩んできたが、教授に疎まれ自ら大学を飛び出して以後、民間病院で臨床に当たってきた。そんな中田との久々の再会で、麻生はかつて自分が大学の医局で研究に没頭して過ごした日々とその後の数奇な運命を思い返すのだった。

4. トルサード・ポアン

 麻生は喘息治療で「トルサード・ポアン」が起こる条件を逆チャートを作って考えていった。単純な抗ヒスタミン薬に対するアレルギー反応で、薬剤性ショック(アナフィラキシー)が起きた場合、喘息も悪化し、咳もひどくなり、不整脈から死に至る例は決して稀ではない。そのアナフィラキシーが、アレルギー体質に心臓の微細な障害がダブっている場合に起こった症例もあった。

 麻生は抗ヒスタミン剤によってアレルギー反応を起こした症例の文献を、それこそ製薬会社を脅し、営業マンを取引で吊って寄せ集め、細部を検討していった。もちろん、悪性不整脈症例も集めたが、これはまだ楽だった。

 あとはラットが使えるため、電解質をさまざまに変えて拍動に及ぼす影響を確認し、カリウム量を増やして不整脈を誘発しトルサード・ポアン様の死に方を観察した。自分でも、やや異常な執着と思うものの、一人でできる実験のおもしろさは格別で、麻生は居留守を使って研究室にこもることを覚えた。

 1993年に入って麻生は喘息患者のアレルギー体質の見分けが、ある程度つくようになっていた。また、オルシプレナリンやアミノフィリンを投与した後、どんなタイプの患者に、どういう状態で特定の抗ヒスタミン剤を投与するとトルサード・ポアンが起こりやすいか推定できるようになった。

 また、しばらくしてから麻生は知ることになるのだが、抗ヒスタミン剤以外の抗アレルギー薬の新薬「R」も日本トップの製薬会社によって登場させられていた。やたらに薬価が高く、それでいて大した効果がないうえに副作用の割合が高かった。承認された裏にはカラクリがあり、データを改ざんし、薬事審査会のメンバーを買収して発売にこぎつけたのではないか、などという焦げ臭い噂さえ立ったため、当然専門医の間で問題になっていたし誰も使う者はいないはずだった。

 ところが、おかしいのは、その日本トップの製薬会社が、薬価は据え置きで、なりふり構わず驚くほど「R」の仕入れ値を安くしたために、専門医を標榜する医師まで、経営サイドからの要求でこのクスリを使うようになっていることだ。それに連動して不思議なことに「R」による副作用報告はパッタリ止んだ。メーカーがセキを抑え、同時に死因ともなる成分の含有量を減らしたに違いなかった。おそらく有効性はさらに低下したものと想定できる。

 少し前までの副作用の割合の高さも忘れられ、「R」はスタンダードな重症喘息治療薬として名前を連ねるようになっていった。しかし麻生は、それでも問題が残る患者では、この「R」と抗ヒスタミン薬の同時投与を行えば、悪性不整脈を起こす可能性が高いことを確信していった。

 10月、一人の患者が、まさに問題のタイプの患者で、「R」を今与えれば悪性不整脈が起きると思われる状態になった。麻生は躊躇せずに抗ヒスタミン剤を処方し、「R」の併用を指示した。

 その夜中、看護師から、患者の呼吸が止まったが幸い気づくのが早く蘇生できて問題は残らなかったという報告を受け、麻生は布団にもぐりこむと口を強くおさえて笑いをこらえた。それでも「クックッ」と笑う声が麻生の胸に響いた。

(「4. トルサード・ポアン」おわり。「5. 脳死移植の現実と対峙」へつづく)


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久保島武志
About 久保島武志 (65 Articles)
1967年出版社勤務。自動車レース専門誌「オートテクニック」でレースを支える人々や若手ドライバーのインタビューを手がけ、風戸裕のレーシングダイアリーを編集。1974年、レース中の事故による裕の死を契機にフリーとなり、早稲田編集企画室に所属。「週刊宝石」「週刊現代」等で様々なリポートに携わる。