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─臓器移植ガイド─ [15] 6. 誰の目にも異常な医者①

 麻生にはこのSセンター所長のドナー提供にかける情熱が理解できなかった。他にも二人ほどドナー提供に熱心な救急センター所長がいるのだが、いずれも関西の施設だった。一般に関東以北の救急医はドナーを出すことに非協力的といわれる。

 麻生はあるテレビキャスターの言葉に妙に感心した。

「東京は昔からお上の管理に慣れすぎて保守的傾向が強くなり、冒険心がないが、関西はその東京に対する反発が強い。在野精神が旺盛だからこそ大塩平八郎も出る」

 麻生は自分のところに脳死患者がいても、法的な範囲でしか移植医の要請に応えられないと思っていた。そもそもいまは臓器提供に積極的にはなれなかった。

 昼になってテレビをつけると、怒りをみなぎらせたSセンター所長の顔がアップで映し出された。しゃべるたびに頬の大きなホクロも揺れる。

「脳死での肝臓摘出を断念しなければならなかったが、それは大阪府の役人が、自分たちの責任を回避するために、脳死での摘出にストップをかけたためだ」

 語気荒くしゃべるほど胡散臭く、所長の底の浅さが割れるようで、同じ医者として恥ずかしい反面、麻生はホッとした。

「提供してくれた遺族の人間愛あふれる決断をどう受け止めるのか!」

 麻生は噴き出してしまった。

 検視のまた先に役人の判断が立ちはだかったのだ。Sセンター所長はどこまでも信用できないが、脳死摘出を断念したのなら問題ないと思った。ところが、胡散臭かったのも当然で、やはり裏があった。Sセンター所長の演説は疑いの目をそらすのが狙いだった。麻生はそう断定した。

 なぜなら、続く画面が、Q大学でこのドナーから心停止後に取り出した肝臓によって移植手術を進めていることを報じたからだ。麻生はその瞬間、直感的にSセンター所長が、警察も役人も欺いて脳死状態で肝臓を取り出したのではないかと思った。だから猿芝居による陽動作戦を行ったと考えた。

 それもつかの間、死後摘出ではないとしても、ドナーとQ大のレシピエントは血液型まで適合していないことをテレビが報じ、麻生は混乱してしまった。そんなことができるのだろうか。麻生はその後もニュースを追ったが、手術は延々15時間以上にも及んだとかで、責任者の会見が報道されたのは翌早朝のニュースだった。

 Q大第二外科の老教授が移植手術の成功宣言をした。役者がミエを切るようなもったいぶったその話し方は、サイレントムービーで見るヒトラーのようで、麻生は嫌な、いたたまれない気持ちになった。そんなことが可能なら、腎臓同様、肝臓でも事故死、いや自然死の遺体から取り出した臓器で移植できることになる。

 早朝なのも構わず、麻生は奥井の自宅に電話せずにいられなかった。予想通り奥井も同じテレビを見ていたばかりか、先ほどまで新聞の電話取材に答えていたという。奥井はアメリカで脳死肝移植を100例近く手がけていたため、移植に関してマスコミにコメントがよく載ったが、常に客観的・論理的内容で、慎重派だけでなく推進派からも信頼されていた。
(つづく)


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久保島武志
About 久保島武志 (65 Articles)
1967年出版社勤務。自動車レース専門誌「オートテクニック」でレースを支える人々や若手ドライバーのインタビューを手がけ、風戸裕のレーシングダイアリーを編集。1974年、レース中の事故による裕の死を契機にフリーとなり、早稲田編集企画室に所属。「週刊宝石」「週刊現代」等で様々なリポートに携わる。