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─臓器移植ガイド─ [23] 9. 自らの深い欠陥に恐怖する①

 予定外だったのは保険請求の審査を引き受けさせられたこと。麻生のレセプト、つまり診療に対する保険による負担分の請求書は他の医師に比べて圧倒的に金額が低く、医師会から非難された。

「医師の既得権なんだから」

「支払い団体も認めているので、これは請求しないと困る」

 などと、驚くほど沢山の水増し請求テクニックを教えられ、実行するように強要された。しかし、納得できない請求はしなかったため、相変わらず麻生のレセプトはごく控え目だった。すると、今度は支払い側から審査の仕事が回ってきたのだった。断ったものの強硬で、しかたなく引き受けたのだが、この体験は貴重だった。

 病院、診療所、ほぼ全ての医療機関が厳密には違法としかいえない水増し請求をしていることを知った。していないのに算定する項目が多く、していないのに書き込まれた検査など、ちょっと確認すれば、すぐウソとばれるようなものが多い。

 支払い基金側が、それほど多額でなければ目をつむるのが慣習だったのだろう。特に若い?50歳までの医者がコツコツときめ細かく丁寧に水増し請求していた。これでは勤務医と収入に差がつくはずだった。

 実際に医師会で会う、その年代の医者と話をすると、話の端々から、

「医者は一般人より金をもらって当然」

「医者はよい家に住み、よい暮らしをし、それほどあくせくせず、ゴルフやいろんな上等な趣味を謳歌して生きるのが当然」

 などという思い込みが伝わってきた。 

 麻生は誰も責める気にはなれなかった。そんな医者でも患者に慕われ、一定の医者らしい仕事はしていたからだ。そして。こんな地方でも高齢化とともに医者不足が深刻になっていた。彼らも大事にしなければ……。

 がんや糖尿病の勉強会となると熱心な医師も多く、麻生は積極的に講師を買って出た。その一環で、漢方がおもしろくてたまらなくなった麻生が医師会で漢方での診療体験を発表するとひっくり返るような大騒ぎになった。「教えてくれ」と麻生のもとに大勢の開業医が押しかけたのだ。

「なにしろ地域の医療センターの所長だった人がやってるんだもの」
 というのが理由だった。

 仕方なく、麻生はM医師を会長に漢方勉強会を立ち上げ、夜間の講義を引き受けなければならなかった。それもまた楽しかった。

 そして、若い医師の一人が、
「患者さんの触診もせずに、ときには検査もせずに、特に高齢者に対しては安易に、熱には解熱剤、高血圧には降圧剤、胃痛には制酸剤、頭痛には鎮痛薬という感じで対症的に薬を使うことが多かったのだが、漢方に触れていままでの医師としての自分を見直すきっかけになった。患者さんそのものを見るようになった気がする」

 と言ってきたとき、麻生は衝撃を受けた。

「病気を診るのではなく、患者を見る……、それこそ医者に求められる倫理観だ」
 と感じたからだ。

「自分にはそれが無かった。薬を使う面白さに負けてしまった。少なくとも、人を傷つけてはならないという基本の倫理観さえ身についていなかった。なぜだろう」
(つづく)


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About 久保島武志 (65 Articles)
1967年出版社勤務。自動車レース専門誌「オートテクニック」でレースを支える人々や若手ドライバーのインタビューを手がけ、風戸裕のレーシングダイアリーを編集。1974年、レース中の事故による裕の死を契機にフリーとなり、早稲田編集企画室に所属。「週刊宝石」「週刊現代」等で様々なリポートに携わる。