魔都上海を巡る その12「これぞ上海のなかの上海──上海老城廂」
前回の予告で、今回は「上海近郊にある水郷のなかでも一番有名な観光地である朱家角をご紹介する」と書いた。しかし予定を変えて、今回は上海の中心部で一番古いエリア「上海老城廂」をご紹介する。
上海発祥の地といえるこのエリアは、現在は人民路と中華路で楕円形に囲まれている。この二つの道路は今では自動車道路になっているが、かつてここは城壁で、そのなかに初期の上海の街が形成されていった。
その始まりは12世紀ごろ。ここに集落ができ、13世紀半ばには小都市として発展していく。そして明の時代(14世紀半ば〜17世紀半ば)半ばになって倭寇の襲撃に悩まされた住民たちは、防御のために周囲に城壁を築いた。
つまり上海は800年以上の歴史があるわけだが、中国には千年どころか2千年、3千年の歴史を持つ都市がごろごろあるわけで、それに比べると上海は“新しい”都市といえる。
19世紀半ばになると、この城壁のすぐ北側に租界が設けられた。ところが城壁から外に出るには周囲に8つしかない門を抜けていくしかなく、城壁の中に住む住民たちの行き来に城壁が邪魔となり、次々と壊されていくことになった。
現在の上海老城廂は南北1.6キロ、東西1.4キロ、周囲は全長約5.2キロ。面積は約2万平方キロで、日比谷公園の12個分の広さがある。その中に、昔ながらの長屋街や寺社、新たに建築された高層マンションなどが一緒くたになって存在している。
そのなかで一番有名な場所が「豫園」。16世紀半ばにお金持ちによって作られた庭園で、今では大きな土産物街が隣接し、一年中多くの観光客で賑わっている。道教のお寺「城隍廟」(町の鎮守の廟)が近くにあることから、上海人たちはこのあたりを「城隍廟」と呼ぶことが多い。
豫園とその隣の土産物街などは、観光客が多すぎ、観光でちょっと通りすぎればそれで十分。それよりも、せっかくここに来たのなら、その周囲にある古い住宅街や屋台街に行ったほうがずっと面白い。
さて次回は、上海に住む外国人たちが夜な夜な集まるバーストリートをご紹介する。