─臓器移植ガイド─ [24] 9. 自らの深い欠陥に恐怖する②
2008年10月、中田がまた仙台の学会に出るので泊めてくれと電話してきた。ついでにおしゃべりしたかったのだろう、長い電話になった。
「やっぱり旧帝大の外科には、すごい異常者も集まるんだな」
中田は親交のある旧帝大出の外科開業医から聞いた話をしてくれた。その医師は某旧帝大の看板外科教授Aを以前から嫌っていたが、ここへ来て「Aは変だ」と言い出したという。
「政治力もあり、要領は良いが非情に見えるし、いまは異常性を感じる。要領の良い人物の裏にはいつも闇がある」
と語ったという。
A教授は他の移植外科教授たちが、移植手術ができずにイライラしているとき、地方の旧帝大医学部で生体肝移植を実施、何十例もの実績を作り出していた。生体肝、生きている人間の肝臓……、もちろん肉親に限定されるのだろうが、世の倫理論争の裏をかいくぐって手術数を増やした。そして、外科学会や他の医学会に絶大な影響力を及ぼし、ついには政治が後押しした。この教授は移植医療の第一人者に躍り出た。
死体からの脳死肝移植が法律で認可されたのちも数十例しか施行されていないのに、生体肝移植は2004年には2500例におよび、2006年の脳死肝移植に先駆けて保険適用を受けている。
このA教授が偉大な功績者と言われることは全く問題ないと思えるのだが、中田の友人の開業外科医は、「おかしい」というのだ。嫉妬、ひがみではないというので中田が理由を聞くと、A教授が4回目の結婚をしたこと、それも、今度は自分の教え子の若い優秀な女医を女房にしてしまったというのだ。
その開業医は「移植外科学会のベルルスコーニ」と揶揄した。
「本家のイタリア大統領は『レイプは男の本能』と、女性に対するレイプを金で解決したというが、この教授は女性に対する行為を結婚で償うつもりなわけだ」と。
中田まで、
「事情によっては仕方ないが、4回は多いよな。今度の相手がほんとうに教え子の女医なら、やはり異常者と思われても仕方ないかな」
ともらす。
麻生は思った。
「移植外科医は、そんな異常者が多いということだ。そして、自分も移植に関わり異常者となって、犯罪を犯してしまった」
中田は言いたいことを吐き出すと電話を切った。だが、麻生の胸は急に騒ぎ出した。
(つづく)