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自転車編 第5回「ついに通勤デビュー戦」

 運動不足解消のために遠距離をものともせず自転車通勤する。そんな目標をたて、ママチャリで走り始めて4ヵ月。夏の暑さで一気に減った体重も、さほど変化がなくなってきたころ、ついにスポーツバイクを手に入れるチャンスが到来した。

おもいのほか高級車が買えてしまった!

 年明け早々、知人が訳ありで自転車を売ると言いだした。仲間うちで自転車好きとされる彼は、高価な自転車を何台も所有している。それをすべて手放すというのだ。私はすでに欲しい自転車を「Panasonicのクロモリでシクロクロス用・約20万円」と絞り込んで、日々こづかいを節約して貯金にいそしんでいたわけだが、ちょうど年末に予想外の出費があってゴールがまた遠のいていた。そこで念のため彼に聞いてみた。「どんな自転車持ってるの?」

 彼がよく乗ってくるのはマウンテンバイクだった。もともとクロカン指向だとは聞いていた。売るよという自転車のラインナップはと言うと「YETIのマウンテンバイク2台」。ふむふむちょっと違うな。「SPECIALIZEDのトライアスロン用」。うーんますます遠くなった。そして「YETIのシクロクロス用」。それだ! 待ってました。「ぜひ、見せてくれぃ」と、さっそく彼の家に押しかけた。

 ガレージの壁には高そうな自転車がところ狭しとディスプレイされていた。私の興味はそのうちの1台だけに集中する。YETIのイメージカラー「ターコイズ」と白のツートンカラーに黒でロゴが入ったアルミのフレームはなかなかカッコいい。組まれているパーツもほぼ最高ランクのものだった。新品ならトータルで40万円ほど。欲しかったクロモリフレームには「ごめんね」と目をつぶり「いくらでもいいよ」という彼に、数年の使用感を考慮して「10万円?」とおそるおそる提示したら「いいよ」と快諾されて商談成立。

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 ついに最高のパーツで組み上げられたシクロクロス用のバイクを入手した。はやく計画を実行したいと気がはやる。ところが遠くまで走るからには、いろいろ必要なものがある。タイヤの空気入れ、パンク修理の工具、スペアのチューブ。夜間走行のためのライト、リア用のセーフティライト。ドリンクボトル、そしてヘルメット。これでさらに5万円の出費だ。ネット通販で買えばカード決済は2ヵ月後だから、がんばって節約すればなんとかなるだろう。

 ついに念願の「自転車で片道およそ40kmのトレーニング通勤」へとこぎつけた。

 は、ちょうどその日クルマを点検に出した埼玉県K市のディーラーS。町はずれから田んぼの多い田園地帯を抜け荒川をめざす。途中からは、いままでママチャリでなんども走った川沿いの自転車道。慣れているせいか退屈に感じる。しかし、ママチャリとはくらべものにならない軽快な走りであっというまに15km走って荒川の自転車道に乗り継いだ。

ピクニック気分の自転車通勤デビュー

 ここまでは堤防の上で見晴らしがよかったのに、道は堤防から河川敷におりて、運動場や球技場などが続く河川敷の底を行くような感じにかわる。ママチャリで数回来たころは、まだ秋のおわりごろだった。いまは枯れ草におおわれ荒涼としてさびしい冬景色だ。日ざしが肌にやさしい温もりをくれるのが、せめてものすくいで、とてもありがたい。それにしても荒川河川敷というのはゴルフ場がいくつもあるもんだ。ここまでの区間に3つくらいあった。まもなく秋ヶ瀬公園だけれど、たしかこの先も戸田橋までの間にゴルフ場がふたつみっつあったはずだ。

 ふたたび荒川の右岸に渡って、堤防上を走る。見晴るかす彼方に武蔵野線の鉄橋や、東京外環自動車道の橋が見える。もう1時間は走って来た。このあたりで目的地までの距離の半分くらいだろう。秋ヶ瀬公園の近くではそれっぽいウエアで身を固めたロードバイクのサイクリストが目立ったが、堤防上の道では散歩やママチャリで行き来する人が多い。橋の下にはホームレスの小屋掛けもチラホラ。ルートは戸田橋のすこし手前から、荒川を離れて都営地下鉄三田線の西台駅を目指そうという計画だが、そこまでの12kmは荒川右岸の大きな堤防の上を行ったり下を行ったりで、すこしばかり変化に乏しい。

なぜかたまたま弁当を持参していたのでつい……

なぜかたまたま弁当を持参していたのでつい……

 東京外環自動車道の手前、朝霞水門のあたりでラジコンのグライダーを飛ばしている人がいた。翼幅が1.5mくらいあるグライダーで、翼の片端をもって、遠投のように体を半回転くらいする勢いでグライダーを空中に放り出すと見事に青空に舞いあがる。あとはリモコンで操縦して上昇気流に乗せるとグライダーは驚くほど上空へと舞い上がり、優雅に弧をえがきはじめた。音もなく滑空してはまた上昇し、また滑空。通勤途中でなければ自転車をおりて、しばらく眺めていたくなるようなゆったり感だった。

 戸田橋が見えてきて、そろそろ荒川から離れる地点が近付いた。ここで空腹を感じて休みたくなった。堤防の斜面が競技場のスタンドのように段々のベンチ状になっていたので、ますます本腰入れて休みたくなる。体は正直で、座ったらなにか飲みたくなり、水筒のお茶を飲む。今度はおなかがグーと鳴る。間のわるいことに、夕食用に詰めてきた弁当がデイパックに入っているのを思い出した。運動したあとの心地よい疲労回復欲求の連鎖で、気づいたら弁当を食べていた。まだ目標の体重に達したわけではないのだが。

 思わぬ大休止で15分も休憩してしまった。軽くなったデイパックを背負いなおし、自転車にまたがった。しかし、デイパックが軽くなったということは……。

 堤防をおりて、工場の建ちならぶ街へと走り出す。ふたたびメタボ道へのハンドルをきっていたとは、このときはまだ知らない。
(つづく)

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樋口琢生
About 樋口琢生 (29 Articles)
東京生まれ。1989年より早稲田編集企画室ルポ班に在籍。週刊誌記者、ガイドブック編集、単行本制作などに携わる。登山、キャンプ、カヌー、自転車などアウトドア全般が趣味。