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風戸裕の短すぎた生涯[40]最終章 「父子、その生き方」⑥最終回

「──裕は自動車レースの危険を十分承知の上でも、こよなくこれを愛し、このために命を失うことも覚悟いたしておりました。親としての私共は、また肉親一同も危険の多いこのようなレースはやってもらいたくありませんので止めさせようと努めましたが、彼の決意の不動なるを知り、認めることといたすとともに、少しでも安全に、少しでも充実したレースである様にと支援して参りました。そして大学3年の頃CAN-AMレースに参加したいとの申し出がありました時、再び深く話し合いまして……ただ単にレーサーになるのみでなく、レースを通して強くたくましく、正しい人間になって貰いたい、そしてこの世では短い縁であったかもしれないけれど天国で会うことを約束しあって、彼の海外レースは本格的にスタートいたしました。

【登場人物】
風戸 裕=フジで事故死したレーサー。
風戸健二=その父。日本電子創業社長。

 私共は、彼の無事をひたすら祈りつつも何時かは遭遇するであろう事故の日を思い、彼の元気な姿を一回でも多くこの目に、この心に刻み込んでおいてやりたいと富士スピードウェイのレースは勿論のこと、アメリカのCAN-AM、ヨーロッパのF2レース等機会を捉えて見に行くことに努めました。そしてこのことは6月2日、午後2時5分、第一コーナーの入り口付近において、彼のらしい車が高く飛び散るのを認めたのを最後に終了したのでございます。

 彼は、この道に精進することにより、彼の人間形成は非常に進歩し、レースそのものはまことに激しいものではありますが、おだやかな、素直な思いやりのある性格でありました。彼の会社の経営上の忠告を与えても、今回のレースの出発に際し、新旧約聖書物語を聖書と併行して読む様に要望しても、時によっては親の私の無理な言葉にもよく耳を傾け、素直に従って感情をあらわしたり、怒ったりはいたしませんでした。

 この姿は今となれば不憫さに変わって参るのでありますが親といえどもしょせん不完全な愛情でありまして、今や無限の神の愛に抱かれたことを思えば、彼は今こそ平安を抱くことになったのでございましょう。

 かれは生前私達を普通ならば考えもしない様な処に呼び寄せました。私共も万難を排してアメリカのジョージア州、アトランタの田舎にミシガン湖、西方のエルクハートレイクに或はロスアンゼルス南方の砂漠のレース場に、ヨーロッパでも、フランスのルーアン、オーストリーのウイーンの南200キロのオストリッチリンク、伊太利のモンツァ等そして今度は再び会うために天国まで来てくれと……。

 ここに思い及びますと、彼は大変な親孝行であると親馬鹿ながら悟らされるところでございます。しかし今迄の旅行は、そうむつかしくはありませんでしたが、この最後の旅行は私共にとってまことにむつかしく、私共の全身全霊を傾けなければ出来ない難事でありましょう。然し再び彼に会わねばなりません。また、この世の逃避は神の許し給わぬものでありますので、キリストの『われ、世に勝てり』を目標に、また『われは道なり、まことなり、生命なり、われに依らずば何人も父のもとに至る者なし』を慰めとして、また心の支えとして何時の日か、私共がこの世を去りますとき、感謝をもって裕に会いに行く喜びに預かりたいと念願いたしますが、この決意もこの世の欲望、誘惑に負け意志薄弱の徒と化しますことを恐れる次第でございます──」

 なぜこんなふうに話せるのだろう。生前の別れ? 本当にそんな父子が昭和の日本にいたのだろうか……。筆者は圧倒され、戦慄し、キリスト者の心得と覚悟を語る、初めて逢った風戸健二に強い興味、いや関心、いや知りたいという強い強い思いを抱いた。父と子が、その生き方が、筆者の中で限りなく大きな謎となってふくれあがった。

 風戸健二と裕、この父子を改めて問い直す筆者の旅はここに始まった。    
いま、筆者の胸には風戸健二に対する圧倒的な畏敬の念がある。裕には、取り残された悲哀を超え、やはり畏敬が深まるばかり。裕の生き方をたどり、レースを走る人たちを見て思いがけず優しい気持ちになっていた。
(おわり)

『風戸裕の短すぎた生涯 「父子、その生き方」』を長い間ご愛読いただきありがとうございました。
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About 久保島武志 (65 Articles)
1967年出版社勤務。自動車レース専門誌「オートテクニック」でレースを支える人々や若手ドライバーのインタビューを手がけ、風戸裕のレーシングダイアリーを編集。1974年、レース中の事故による裕の死を契機にフリーとなり、早稲田編集企画室に所属。「週刊宝石」「週刊現代」等で様々なリポートに携わる。