移民都市・深圳をゆく その6「古くて新しい、深圳最大の繁華街──東門」
1980年に経済特区として誕生した深圳には「古い街並みというものがあまり存在しない」と前回書いたが、まったくないわけでもない。6700年前の新石器時代にはこの地域に人が住み始めており、紀元前3世紀前半の秦朝の時代にはこのあたりの郡の一部に入り、紀元後331年に宝安県として町の歴史が始まっている。
当初は今の深圳西部に中心地が置かれ、そこには当時の城壁の門が残っている。そして清朝の時代になると、東部にも人々が住む集落ができ、定期的な市も立つようになっていた。その地域は「深圳墟」(墟は“市場”や“町”を意味する)と呼ばれ、1688年には歴史書の中にその名前が出てくるという。
かつては「深圳墟」と呼ばれたそのあたりが、今は深圳最大の繁華街となっている「東門」である。またの名を「東門老街」という。
休日ともなると、日本の渋谷並みの人通りに
東門は、香港との出入り口となっている羅湖口岸(イミグレ)から北に約1.5キロのところにある。東門という名前は、かつての深圳墟にあった4つの門の一つが東門だったことから、つけられたという。
深圳市になってから、もともと繁華街だった東門の地域を整備し、歩行者天国にして一大ショッピング街として再生したのが1999年。日比谷公園よりやや大きいエリアにデパートやショッピングセンターが並び、1日平均のべ30万人、祝日ともなるとのべ50万人が繰り出してくる。渋谷駅前のスクランブル交差点の1日平均通行者数が約50万人というから、そんな感じの混み具合を想像してもらえれば、だいたい正しいだろう。
ここにショッピングや遊びに繰り出してくるのは、ほとんどが若い男女。深圳の郊外には工場が数多くあり、そこで働く若い工員たちが、休みの日に友達や恋人と一緒にここに来る。売っているものはというと、比較的安い衣服類。アディダスやナイキなどのスポーツブランドの製品は売られているが、高級ブランドのブティックなどはない。つまりは、あまりお金に余裕のない若い子たちがショッピングに来る場所である。
ここ10年ほどの間に深圳の各地に大型ショッピングモールができ、そこには衣料品店やレストラン以外に映画館やアイススケート場まであるので、最近はそちらに行く若者が増えている。そのため東門は以前ほどの賑やかさはなくなってしまったが、それでもまだ、雑多な雰囲気や気取らず歩き回れることから多くの買い物客を惹きつける魅力がある。