目の前の友人よりネット上のともだちを優先する、Facebookユーザー。 2015/08/05 私はFacebookにレストランで食べた料理をアップしている投稿を見るのが苦手である。第一に、人が外食で何を食べようが、こっちにとっては極めてどうでもいい話である。いったい食べた食事の画像をアップすることで何を伝えたい [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[16]第5章 「裕、会社設立、海外レースに挑戦」④ 2015/08/03 数戦後のレースに、風戸健二の手紙が届いた。そこには日本と社会への貢献を第一義に考える父から息子への切望が記されていた。 《人間は誰もとる道は異なっても、狙いはその完成にあるわけで、この真の目的はしっかりと握って外さない [...続きを読む]
「ハゲは医者に頼らず我流で治せ」毛活の記録② 2015/07/27 昨年は『プロペシア』を約4か月ものあいだ服用したものの目に見える効果がなく、あえなく中断。今年1月27日から毛活に再挑戦し、2種類のハゲ薬を服用しはじめたところで前号のブログは終わった。 今号はその続き。このブログの [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[15]第5章 「裕、会社設立、海外レースに挑戦」③ 2015/07/23 シボレーV8(8気筒)、8095㏄、725馬力エンジンをマウントしたお化けマシン・ローラT222は猪瀬たちの努力でギリギリ間に合った。裕は礼も忘れて、大丈夫なのか目で聞いた。力強く猪瀬が裕の肩を叩く。緊張した裕の体が幾 [...続きを読む]
vol.1「あついあついと言いながら意外と忘れてるあたりまえの夏の過ごし方」 2015/07/16 もう例年のこととなった猛暑が始まった。気候的にみれば誰もが梅雨明けを疑わない晴天が続いている。気象庁の梅雨明け宣言はまだ出されないようだが、まもなくやってくる台風で天気が崩れることがわかっているからで、いわば台風待ちの [...続きを読む]
魔都上海を巡る その16(最終回)「今も残る租界時代の味──上海の洋食」 2015/07/13 前回、フランス租界のヨーロッパ的な文化や雰囲気は亡命ロシア人たちが創りあげていったと書いたが、上海編最終回の今回は、彼らが上海に残していった料理──上海の洋食──について書こうと思う。 日本の洋食は日本で独自に発展し [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[14]第5章 「裕、会社設立、海外レースに挑戦」② 2015/07/09 CAN-AM挑戦がどんどん具体化していった。 《今日、親父と叔父の藤代氏と兄貴と俺の4人、それとお袋の5人で来年のレース計画および将来について話し合った。実際どれ位の投資(自分へのも含めて)をしてよいのか分からなかった [...続きを読む]
vol.22「新幹線焼身自殺者は、高倉健主演映画『新幹線大爆破』の記憶と、《多重債務》の放蕩生活」 2015/07/06 「華々しく死んでやろう」とは、高度成長’70年代を生きた団塊の企業戦士が、残業という「時間外労働」強いられて、その腹いせに酒飲んで騒いだ時の「決め台詞」だったと、その年代の人に教えられた。 その年代の代表格 [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[13]第5章 「裕、会社設立、海外レースに挑戦」① 2015/06/29 15年後、1970年4月中旬の夜、風戸健二は珍しく早い時間に帰宅し、部屋で茶を飲んでいた。すると裕が顔をのぞかせた。 「お父さん。相談があるんだけど、いいですか」 「ああ。なにかな」 【登場人物】 風戸 裕=フジで事故 [...続きを読む]
vol.21「登山ハイキング観光にも、不景気の余波」 2015/06/22 知り合いの山仲間が、群馬の谷川岳山行を計画したのはひと月前。6月下旬に、天神平まで谷川岳ロープウェイを利用して登山しようと。歩けば3時間かかる道のりを、ロープウェイなら10分。誰もが知っているこの馴染みのロープウェイは [...続きを読む]