風戸裕の短すぎた生涯[12]第4章 「高松宮に救われ続けた日本電子」② 2015/06/20 一方で風戸は新技術の導入に貪欲だった。電子顕微鏡の営業に回っていると、研究者の欲しがっている性能が明らかになる。そして日本電子(当時はなお日本電子光学研究所)は風戸自ら、その要求の意義を理解し、しかも技術的にもかなりの [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[11]第4章 「高松宮に救われ続けた日本電子」① 2015/06/13 裕の生まれた1949年早春、風戸たちは茂原の会社を明け渡してとりあえず東京に出たものの、何度も弱気になっては気力を奮い起こさなければならなかった。 「もう一度同じ道をたどらなければならないのが、なによりも気が重かった。 [...続きを読む]
魔都上海を巡る その15「古ビルや兵どもが夢の跡──租界時代の建物たち」 2015/06/09 前回の最後に「(次は)最終回の前編」と書いたが、2回に分けて書くほどネタがないことが判明し(汗)、15回目を迎えた「魔都上海を巡る」は今回が最終回となる。 上海には、かつての租界時代に建てられた建物が今も数多く残って [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[10]第3章 「裕、自動車レースに魅かれる」⑤ 2015/05/18 1969年(昭44)9月末、タキレーシングのチームメンバーが揃って富士スピードウェイで練習走行する日がきた。裕は初めてカレラ10をドライビングした。いままで裕が経験したことのないパワーを発揮するポルシェのエンジンは裕の [...続きを読む]
魔都上海を巡る その14「上海郊外にあるお手軽観光地──朱家角」 2015/04/10 上海の中心部から西に50キロほど行ったところに、朱家角と呼ばれる水郷がある。中央を流れる川を中心に、家々の間を縫うように水路が張り巡らされた集落だ。 この朱家角は、三国志の時代(3世紀ごろ)にはすでに集落ができており [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[9]第3章 「裕、自動車レースに魅かれる」④ 2015/04/07 コーヤマスペシャルは1969年8月10日のNETスピードカップレースを次の戦いの場と決めて準備を進めていたが、エンジンがどういじっても調子が悪い。手直しするには、部品をいくつか現金で買い集めなければならなかった。2~3 [...続きを読む]
風戸裕の短すぎた生涯[8]第3章 「裕、自動車レースに魅かれる」③ 2015/03/27 裕と風戸は初めて向き合い、レースについて話し合った。風戸は頭ごなしに「レースをやめろ」 とは言わないが、危険の伴うレースには反対であることを明言した。「今は学生として勉強に身を入れるときではないか。現在の過ごし方では将 [...続きを読む]
魔都上海を巡る その13「上海の外国人たちが夜な夜な集まるバーストリート──永康路」 2015/03/18 3月17日はセント・パトリックス・デー(聖パトリックの日)。さまざまな西洋行事がカレンダーの中に入ってきている日本でさえ、まだ認知度はそれほど高くないが、アイルランド最大のお祭りである。アイルランドだけではなく、国内に [...続きを読む]
リベンジ編⑨「減量の決め手は呑み方を変えたこと」 2015/03/16 今回で最終回にします。2月24日以来、目標だった72kg以下を2週間キープできたから。数字だけ見ると、今企画スタート時の11月から、4ヵ月で8kg減は“ダイエット成功”と言えそうだ。だが実のところ身長175cmの筆者の [...続きを読む]
vol.20「北陸新幹線の金沢まで開通で、それ以遠の京都~大阪までの不安」 2015/03/13 金沢まで開通した北陸新幹線は、7年後くらいまでに福井の敦賀まで延長されるが、その先はどのように京都~大阪までつなげるのか未定らしい。何故だろう。計画が始まった40年も50年も前に、このような公共事業に反対したのは、当時 [...続きを読む]